【ニューヨーク・タイムズ】“超繊細な舌” で知られた美食家がコロナで味覚を失い、人々の 「希望」になるまで

ミケーレ・クリッパ（32）は、グルメなイタリア人の間では有名な存在だった。生まれながらに鋭い舌を持っていた彼は、わずかな味の違いをも判別できることで知られていた。

彼はフードコンサルタント・グルメ批評家としてキャリアをスタートし、パンデミック以前は、若いシェフたちに「このパルメザンチーズは何年ものか」といった微妙な違いを教え、
彼らの舌をトレーニングする仕事をしていた。

しかし、新型コロナウイルスへの感染が、彼の生活を大きく変えてしまった。2020年3月17日、朝9時40分のこと、
クリッパが自ら淹れたコーヒーを口にしたところ、お湯の味しかしなかったのだ。

多くのコロナ患者と同様、彼は匂いと味がわからなくなった。その後、ようやく戻ってきた彼の味覚と嗅覚は、以前とはだいぶ違っていた。
腐った牛乳が美味しく感じられ、ふんわりと甘いバニラの香りは、彼に不快感をもたらした。桃を食べると、バジルの味がしたという。

味の違いを伝える仕事をしているのに、味がわからない──そんな状況に、彼は孤独とキャリアへの不安を感じた。
だが諦めることなくトレーニングした結果、かつてと同じとまではいかないものの、徐々に嗅覚と味覚が戻ってきているという。

新型コロナウイルスによって、なぜ嗅覚障害や味覚障害が起こるのか、今もその仕組みははっきりとわかっていない。

だがクリッパは現在、自身と同様の症状に苦しむ人々に向けて、嗅覚と味覚を取り戻すためのトレーニングを実施している。
彼のアドバイスと経験はイタリアで話題を呼び、テレビやラジオの番組にゲストとして呼ばれたり、コロナで味覚が変わってしまった人向けのレシピ本を執筆するなどして、注目を集めている。

クリッパは嗅覚と味覚を取り戻すため、数ヵ月にわたり、ワイン生産者やトリュフハンターをトレーニングする専門家の助けを借りながら、もう一度、自身にものの匂いと味を教え込んだ。

そんな彼の存在は、現在、コロナによる長引く嗅覚障害や味覚障害に苦しむ人々の希望となっている。
クリッパはこうした人々のために、食品科学の教授たちによる団体「テイスターズ・リサーチ・センター」の協力のもと、嗅覚回復のワークショップを開始した。

教授たちによれば、匂いの情報は脳の視床下部に送られると考えられている。視床下部は、感情やストレスをコントロールするのに重要な役割を果たす。
ゆえにクリッパや彼と協働する専門家たちは、匂いにまつわる記憶を呼び起こすことが、新型コロナウイルスによってダメージを受けた神経経路を復活させるのに役立つと考えている。

彼の活動が話題を呼び、メディアに出るようになって以来、彼は多くの人からメッセージを受け取るようになった。
なかには、味がわからなくなり屈辱的な思いをしているミシュラン三つ星レストランのシェフや、希望を失ったソムリエたちもいるという。

「こうしたメッセージを読むと、胸が引き裂かれます」と語るクリッパは、ただ人々の嗅覚を回復させるだけでなく、
彼らがこの辛さを乗り越える手助けをしたいと考えている。

ローマの聖ジョヴァンニ病院に所属する神経科学教授、アリアナ・ディ・スタディオもまた、嗅覚回復の研究をしている。
彼女によれば、クリッパらの手法の有効性が保証されるまでは程遠い。しかし、明確な解決策がない今、この問題により多くの注目を集めているクリッパの活動は意義があると語る。
https://courrier.jp/news/archives/258415/